活動紹介

2014年09月22日

親子で交野の戦跡めぐり

2014年7月29日 交野南地域活動委員会 参加17名(うち子ども6名)

地元の交野市にも戦争の爪あとがあることを知り、子どもと一緒に平和のことを考えたいと、語り部さんの案内で戦跡をめぐり学びました。

妙見坂(みょうげんざか)小学校で校長も勤められた語り部・辻さんの、やさしい語りの中には、当時の悲惨な様子が感じ取れました。 私市(きさいち)にある「大阪市立大学理学部付属植物園」は、1931年の満州事変以降、満州国を作るために日本から開拓民を送る訓練場があったところ。「満蒙(まんもう)開拓青少年義勇軍」として大阪から送り出された13歳から18歳の青少年(2000人以上)は、私市で2週間の初期訓練。さらに2カ月間、開墾や農業・銃剣術の訓練までも教え込まれました。満州に送り込まれた後は慣れない土地で農地開拓をし、終戦までに2万人以上が亡くなり、また、捕虜として捕らえられた歴史が。戦後には、引き上げて帰ってきた人たちが「生活するための農業」を学ぶ訓練所になりました。

このほか、星田の旧香里工廠(こうりこうしょう)への「鉄道引き込み線」があった道路や、枚方・香里団地の妙見山の煙突(砲弾などの兵器用火薬を製造する工場跡)もまわりました。

参加者は「植物園はお祭りなどで来る場所です。地元でもなかなか知らないので、学べて良かった」「歴史を知って伝えていかなければ、廃れていくし、無かったことになりかねないと思った。 子どもにも伝えていきたい」と感想をだされていました。


禁野(きんや)火薬製造所跡のトンネルをくぐる


植物園にある樹齢100年近い「クスノキ」。
この木の下で子どもたちが、さまざまな訓練を受けていた。

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