

戦争の記憶を次世代に伝え、平和への想いを未来へつなげるために
組合員さんから寄稿いただいた、戦争体験談をご紹介します。
掲載年:2026年
寝屋川市 Hさん 89歳
昭和20年7月4日。私が四番町小学校4年生の頃、高松で空襲の何日か前に空からアメリカの小さいビラがパラパラと落ちて来て、近いうちに?空襲がある…と書いてありました。少し前に岡山の空が明るく見えていたので、高松にも空襲があるのかな?と不安でした。
その日を信じた私達家族、母と私、4月に生まれた弟を乳母車に乗せ、親戚の人と、夜、田舎の池戸(イケノベ)のおじいさんの家に向かって歩いていました。
人々は、外に出て涼み台でのんびりと涼んでいました。道ばたの角々に消防のおじさんがいて呼び止められましたが、おじいさんが危篤とか言って道を急ぎ、郊外に出たとたん栗林公園のあたりから家の方に向かって焼夷弾が、まっ赤に空をこがして流れる様に燃えて行きました。
はなれた私達の方に迄、火の粉が落ちて来て弟にかぶせていた小さな布団を小川でぬらして掛け、必死で乳母車を押して走りました。
髙い松の木に銀色のバクダンの抜けがらが、沢山きらきらとぶら下っていました。
後になって父はビルの中の会社にいて無事でした。
近所の子供の兄弟は、山で爆弾をいじっていてはれつしてお腹がふくれて亡くなったそうです。近所の人達も何人も亡くなられたそうで子供心におそろしく悲しかったです。我が家も焼けました。
戦争が終っても小さい戦闘機が、田舎を飛び廻っていて佛生山へ食料を買い出しに行く母と私を機かん銃で照射するように飛んでいて、乘っていた人も見えましたが、お寺に逃げて無事でした。
帰り道、小さな店でムラサキ色の竹のものさしを買ってもらい、うれしくて長い間、弟と妹にも使ってもらいました。又、私だけ、おじいさんの家に疎かいする事になっていて、白いレースの服や文房具を送ってもらっていましたが、もんぺで学校に行く事になりました。終戦前に築港にアメリカ兵が木の檻に入れられているのをこわごわ見に行きましたが、笑顔で私達子供に何かしゃべってくれました。落下傘でていさつに下りてきてつかまった若い捕虜かもしれません。
あの時の乳母車の弟が、おねえちゃんに助けられたと云ってくれます。
ねやがわし Hさん 89さい
しょうわ20ねん7がつ4か。わたしがよばんちょうしょうがっこう4ねんせいのころ、たかまつでくうしゅうのなんにちかまえにそらからあめりかのちいさいびらがぱらぱらとおちてきて、ちかいうちに?くうしゅうがある…とかいてありました。すこしまえにおかやまのそらがあかるくみえていたので、たかまつにもくうしゅうがあるのかな?とふあんでした。
そのひをしんじたわたしたちかぞく、ははとわたし、4がつにうまれたおとうとをうばぐるまにのせ、しんせきのひとと、よる、いなかのいけのべのおじいさんのいえにむかってあるいていました。
ひとびとは、そとにでてすずみだいでのんびりとすずんでいました。みちばたのかどかどにしょうぼうのおじさんがいてよびとめられましたが、おじいさんがきとくとかいってみちをいそぎ、こうがいにでたとたんりつりんこうえんのあたりからいえのほうにむかってしょういだんが、まっかにそらをこがしてながれるようにもえていきました。
はなれたわたしたちのほうにまで、ひのこがおちてきておとうとにかぶせていたちいさなふとんをおがわでぬらしてかけ、ひっしでうばぐるまをおしてはしりました。
たかいまつのきにぎんいろのばくだんのぬけがらが、たくさんきらきらとぶらさがっていました。
あとになってちちはびるのなかのかいしゃにいてぶじでした。
きんじょのこどものきょうだいは、やまでばくだんをいじっていてはれつしておなかがふくれてなくなったそうです。きんじょのひとたちもなんにんもなくなられたそうでこどもごころにおそろしくかなしかったです。わがやもやけました。
せんそうがおわってもちいさいせんとうきが、いなかをとびまわっていてぶっしょうざんへしょくりょうをかいだしにいくははとわたしをきかんじゅうでしょうしゃするようにとんでいて、のっていたひともみえましたが、おてらににげてぶじでした。
かえりみち、ちいさなみせでむらさきいろのたけのものさしをかってもらい、うれしくてながいあいだ、おとうとといもうとにもつかってもらいました。また、わたしだけ、おじいさんのいえにそかいすることになっていて、しろいれーすのふくやぶんぼうぐをおくってもらっていましたが、もんぺでがっこうにいくことになりました。しゅうせんまえにちっこうにあめりかへいがきのおりにいれられているのをこわごわみにいきましたが、えがおでわたしたちこどもになにかしゃべってくれました。らっかさんでていさつにおりてきてつかまったわかいほりょかもしれません。
あのときのうばぐるまのおとうとが、おねえちゃんにたすけられたといってくれます。