2015年11月24日
<日程:11/1(日)~11/5(木)>
東北被災地の現状と生活者の実態を学ぶことを通じて、協同組合の存在意義、価値を再確認しました。 被災地の復興、被災者の生活再建はいまだその途上にあるという現状のなか、さらなる地域復興を願って開催される「第5回宮古復興応援生協まつり」が、11月3日、いわて生協マリンコープDORA(ドラ)で行われ、パルコープ職員もたこ焼きを焼いて参加しました。
◆参加メンバー◆ 6名(敬称略)
吉田健二(鶴見支所)、三宮崇(都島支所)、中村徹(港個配センター)
田保強(生野個配センター)、宮城ひろみ(南寝屋川支所)、山根美加子(南寝屋川支所)
活動を行った11月2日と3日の2日間の報告です。
11月1日、20:40大阪を出発して2日12:00陸前高田に到着しました。
林さん(常駐しているパルコープ職員)と語り部をしてくれている釘子(くぎこ)さんから、当時の状況や現在の状況についてお話を伺いました。
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お話をしてくれた釘子さんです。
被災されたご自宅の場所に事務所を構え、語り部をしてくれています。
津波の被害を抑えるために、各地で土を盛り上げ、高台を作っていました。そのためのベルトコンベアが作られ、土が運ばれていました。
現在は計画の土が運ばれ、少しずつベルトコンベアが撤去されているそうです。土台が作られ、そこに住宅などが作られ、新しい街になっていくようです。
8月6日、7日には七夕祭りが行われ、お盆が近いこの時期に、太鼓の音と笛の音で魂が街に帰ってくるようにという思いと、震災ボランティアに来てくれた人たちへの感謝の思いで震災1年後から再開されたそうです。
震災後には色々な方々の協力で2台の山車で再開し、今年は11台の山車で七夕祭りが行われたそうです。
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震災遺構の道の駅、タピック45は当時の被害のまま残されています。
阪神淡路大震災のときの復興の灯火が灯されています(大槌)
津波はこの高さ15.1mまできました。
最大で40メートルにも及んだそうです。
自分の住んでいる地域の避難所についてよく知っておくこと。
→防災について常に考えておくことと、亡くなられた人たちから学ぶこと。
仮設住宅から災害公営住宅に移り家賃が発生(更新あり)。経済的負担増。
住居が仮設住宅から災害公営住宅(慣れないマンションタイプ)など変わっていく事で新しいコミュニティが必要。
震災以降にますますの高齢化。10年後は60%以上の住民が65歳以上。
仮設病院で手術は大きい街まで行く必要あり。買い物弱者増。生協の利用は増えている。(食料品以外にも服、靴など)。
街の復興は道路と公園は決まっている。街づくりはこれから決めて進めていく状態。
復興(以前の生活に戻る)にはまだまだ時間がかかります。復興応援についてはこれからも必要とされます。
![]() 津波が4階の高さまで来たため、5階のみがそのまま残っています。 |
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生協まつりの前日、パルコープが出展するたこ焼きを焼く練習を宿舎でしました。
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![]() 宿泊させていただいた大槌町の小川旅館のご主人と女将さんです。 |
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マリンコープDORAは、300坪店舗が4つ入る規模の店舗で、1階に食料品や靴、宝飾品、モスバーガー、ケンタッキーなどのファーストフード店が入り、2階は映画館(全国で唯一の協同組合形式)があります。 |
現地で活動してくださっている千葉さんや佐藤さんたち、NPO遠野山・里・暮らしネットワークのスタッフ(4名)にも合流いただいて、たこ焼きを焼いていただいています。
スタートの10時前よりたこ焼きに長蛇の列が。岩手では殆どたこやき屋さんは無く、大きな町に少しあるだけとのこと。
買ってくれた方からとても美味しいと聞いたと列に並んでくれた方もいらっしゃって、とてもうれしかったです。
昨日の練習と違い、火力調整が難しく、最初は苦戦しましたが、次第にうまくなりました。
たこが無くなり、たこ無しのねぎ焼きに後ほど変更。
(8個200円→100円)
最後尾で売り切れの札を持ちながら、
たこ焼きの残り分と合わせてご案内。
最終売り上げは119,100円に。
震災復興のため寄付しました。
![]() 協力いただいたコープおかやま、よどがわ市民生協のみなさんと! |